喪中の家は、「初詣は控える」「正月飾りはしない」「歳暮、中元は控える」「年賀状は出さない」「慶事の出席は控える」などと禁止事項として語られることが多いですが、これらの慣習は、「お宅は喪中なのですから、どうぞその悲しみを大事にしてください。臣事の諸々のことに、気づかいしなくていいのですよ」という思いやりと理解すべきでしょう。遺族は、白分たちの気持ちにそって判断してよいのです。この1年に身内を亡くし、とても年賀状を書く気持ちになれなかったら、11月中旬〜12月上旬くらいに、年賀欠礼のあいさつ状を出します。文面はただ「喪中につき」ではなく、だれの喪に服しているのかを明記したほうがよいでしょう。また、慶事への出席も相手との関係で判断します。先方が喪中であることを承知していて、自分がどうしてもお祝いをいいたければ出席してもかまいません。
歌、楽器の演奏、踊り、手品などの余興が始まると、披露宴はよりいっそう華やかになり、お祝いのムードが盛り上がります。余興を頼まれたら、ぜひ日頃のカラオケの成果などを発揮して、会場を盛り上げたいものです。詩吟や舞踊などを稽古している人は、芸を披露する絶好の機会でもあります。しかし、「自分は歌がヘタ」と思っている人や、「何もかくし芸も持っていない」という人にとっては、余興を依頼されたりすると苦痛で、できれば断ってしまいたいと思うようなこともあるでしょう。でも、心配するにはおよびません。要は、新郎・新婦を祝福しようという心が大事なのです。たとえ、ヘタでもご愛嬌。コンテストの場ではないのですから、おおらかな気持ちで快く引き受けましょう。祝福の心がこもっていれば、新郎・新婦をはじめ列席者たちにも必ずその心が伝わるはずです。
「社会」という概念は、日本では明治以後に導入された。それ以前は、広い意味では「世間さま」、狭い意味では「町内」の認識しかなかった。それに比べ、ごく古くから「社会」を意識していた西洋人は、社会生活を営むからには、人間関係をスムーズに和やかにするための配慮と、そのために必要とされるルールや申し合わせや約束ごとを規定せざるを得なかった。西洋人は合理的だから、「他人との無用の軋轢を防ぐ実用主義的な効用」からマナーを重視してきた。この実用主義と思いやりの合体がマナーの基本といえるであろう。彼らは日常の躾として、他人に不快感や違和感を与えぬことを幼児の頃からたたきこまれる。社会人として守るべき義務の最低線は法律化されているが、最低線に至るまでの規則は不文律化し、法律ではないが誰しも守らねばならぬ規則となっている。それは他人に嫌悪を与えるような態度、口にすべからざる失礼な言葉、非常識な風体など数知れずある。