現に、短期集中型の受験スタイルで成功している先輩たちには、傾向にしっかりあわせた勉強で、第一志望に合格した人が多いのです。それゆえ、そうした大学生のなかには、次のような人たちもいます。「東大文Iには合格したが、早稲田の政経、法はダメだった」「東大理Iに受かって、慶応の環境情報をハズす」わかりやすく、具体的な科目で説明しましょう。たとえば、英語の入試問題には、およそつぎのような形式があります。複数のパラグラフ(段落)からなる英文を読ませ、その内容についての理解を問うもの。「和訳」、「要約」、「趣旨選択」など(いわゆる長文問題)。文法的知識や熟語、語法、単語、会話表現などの単発的知識を問うもの。「適語補充(選択)」、「整序」など(いわゆる文法、語法問題)。英語による表現力を問うもの。「和文英訳」、「自由英作文」など(いわゆるライティング)。英語(音声)を聞き取る能力を問うもの。「リスニング」、「ディクテーション」など。英語を話す能力を問うもの。実際には、こうしたバリエーションを組み合わせて、一つの「英語」の問題ができあがります。
学校の授業が易しいからといって、あなどってはいけない。受験のことを考えるなら、学校の授業も進学塾の講義も同じように聞いてほしい、というのが私の見解である。分数の割り算を例にして、いかに学校の授業も大切かを示してみよう。分数同士の割り算は、なぜ、割る数の分母と分子を入れ替えて掛け算にして計算にするのか、これを説明できる小学6年生はほとんどいないだろう。大人でさえも満足に答えることはできない。この項目を学校では一時間以上の時間をかけて、面積図で教えるのが普通だが、進学塾では、ただ分母と分子をひっくり返して掛け算で計算するということを、機械的に教え込むことが一般的である。つまり、学校の授業では、かなりていねいに、原理やしくみについてなぜそうなるのかを論理的に教えてくれるのだ。一方進学塾では、分数の計算のやり方にそんなに時間をとられると他の応用問題ができなくなってしまうので、簡単な説明で終わってしまい、あとは練習問題をするだけである。だから、学校教育を否定すると大損をしてしまうことになりかねない。
日本の英語教育はといえば、長文読解や文法の知識を筆記テストするのが主流。最近少しずつヒアリングの問題が増えてきた程度です。英語学習の意義は昔ながらの、英文で外国の知識を吸収する、との考えが今も続いているのです。ですから、大学の入試にヒアリングを取り入れている学校はほとんどありません。受験対策は、必然的に長文読解や文法にウエートを置くことになります。無事、合格後の大学における英語授業は、外国書物の講読や専ら英文の読み物の文法的解析などに取り組むだけ。中学、高校、大学と計十年間も英語を勉強しているのに英会話や聞き取れない人が多い現状は「問題だ」と言わざるを得ませんが、受験に話を絞れば、前にも書きましたが、長文対策は音読が最も効率的な勉強法です。頻出単語や熟語を暗記し、重要構文の理論的な分析や文法問題を反復すれば、難解といわれる長文読解力が進歩するのです。